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1973年、少年時代からの夢であったアメリカ留学が実現した。
当時留学は、1か月かかって船で行くのが通常であったが、私の時から飛行機に変わった。
10時間の飛行でアメリカ西海岸に着くというスピード化が実現した。
まずサンフランシスコに到着し、その夜アメリカで初めてのディナーを、同行した友人と2人でチャイナタウンでとった。
その時英語力のなさからメニューの内容が把握できず、隣のアメリカ人の真似をして適当に3つほど注文した。
それが出てきてびっくり。なんと定食が3つ、友人のものと含めて6つも出てきてしまったのである。これがアメリカでの最初の失敗談となった。
翌日サンフランシスコからデンバー経由でシカゴに向かった。5時間もの飛行である。飛行中ふと思った「なんと大きな国だろうか!」、これがアメリカの第一印象である。
5時間の飛行後、シカゴのオエア空港に到着した。乗り継ぎのためコンコースを抜けてローカル線の発着ターミナルまで友人と歩いたが、これが驚いたことに30分という時間がかかり、あまりにも広大な空港に唖然とした。
オエア空港からオザックという20人乗りの飛行機でイリノイ州モーリン空港に20分で到着した。この空港は、大国アメリカとは似ても似つかない、プレハブで作ったような小っちゃな空港であった。
空港には先輩である後藤さんが2人を快く迎えに来てくれていた。そして、彼の車で目的地へと向かった。途中イリノイとアイオワの州境にある有名なミシシッピ川を越えて、アイオワ州ダベンポートに入った。
さあ、いよいよ明日はカイロプラクティックのメッカであるパーマー大学に行く。
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