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2学年の後期(SOPHOMORE III)を向かえ、私の友人や同じ日本人の先輩達が、私に次の学期の助言を与えてくれた。それは、「この学期より新しく“神経学NEUROLOGY”で教鞭を取る、パーマー大学で一番ハードな名物教授Dr.G.O.Schmiedelの授業が始まるよ。」ということだった。何しろ、アメリカ人の学生の半数近くが単位を落とすと言われている。目つきが鋭く、笑いもなく、ただ淡々と分厚い本を前に延々と授業をする先生で、留学生のみならず、アメリカ人にとっても難関の科目である。当然英語力の弱い私には到底パスする約束などもなく、授業を受ける前からGive
Up状態である。
授業初日に、私の友人の1人であるDave Underwoodから「Boone、心配ないよ。毎日この授業の前と後に僕がしっかり勉強を手伝ってあげるから・・・」と心強い励ましをもらった。しかし、現実は厳しく一週間授業を受けて全く理解出来ず、2週に一回行なわれる小試験(25点満点)ではほとんど点数が取れず、頭を抱えた。何とかみんなに追いつくよう、夜なべして勉強に励んだ。その甲斐あって、何とか10点台をキープすることが出来た。しかし到底合格点には達っせず、悩みはいっそう増した。
ある日、私の実家より大量のお米や菓子類を、留学で苦労している息子に食べさせようと、父が送ってくれた。ありがたい限りである。授業も2サイクルを終えた頃のある日、Dr.
Schmiedelが授業の始まる前にみんなに向かって「先日の中間試験で日本語か中国語か解からない言葉で書いた者がいる。いつも前で寝ている学生ではないか?それは私にはどうかと思う」と強い口調で私のことを言った。すると1人の学生が手を上げ教授に「彼は毎日この科目をパスすべく、夜なべをして勉強しているので責めないで欲しい」と言ってくれたのである。教授はうなずいてくれたようだった。私が目を覚ました時、友人Daveが私を弁護してくれたと他の友人より聞いた。夜勉強している時に、ふとあることを思いついた。それは、次の授業から理解してくれた教授の為に父が送ってくれた2枚入りの煎餅の袋を教壇の上に置くことにした。すると、授業の開始と同時に教授がおもむろに袋を開け、煎餅をボリボリかじりながら授業を進めた。これを毎日の授業のたびに2週間にわたり実行した。2週間後、再度小試験が行なわれ、案の定、私の点数は中間の時と同様合格点に達していなかった。しかし、先生は試験の後、教授室に来るよう私の友人に伝えた。早速教授室に行くと、怖い顔をした教授が私に「課題をあげるからこれを明日までにレポートにして、私のところに持ってくるように」と言われた。そこで夜なべして論文を作成し提出した。すると、なんと中間テストと小試験の成績が70点と合格点に達していた。その後もこの教授は私に何度もチャンスをくれ、見事単位を取ることが出来た。私のみならず、留学生はみんな苦労しながら勉学に励んでいるのだ。これも今となれば、楽しい思い出のひとつである。
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