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アジア人でよかった
いよいよ学校もJunior IIに入り、科目も5科目あり大変だった。その中でもPhysical
Diagnosis(身体診断学)は大変で、アメリカ人の半数が落ちるという科目である。その理由は、教える先生がインド人の女性だからである。彼女の名はDr.
Saroja K. Reddyといい、Ph.D.の資格を持つProfessor(教授)で、アメリカで長く教えているらしく権威を持っている先生だ。しかし、なぜか彼女の英語はオリエンタル系の発音で、アメリカ人には分かりにくいらしく、彼等があやふやなまま覚えて試験になると多くの生徒が間違った答案になり、なかなか単位が取れなかった。しかし、私をはじめアジアから来た留学生にとっては非常に分かりやすい発音で、ほとんどの生徒がパスした。まさに不思議である。いかに言葉というのが大切かというのをこの時よく分かった。と同時に、アメリカ人に対して優越感がわいたのだった。Dr.
Reddy様々である。私の親友たちはなんとかこの難関を乗り切ったようであるが、この科目だけ成績が悪くかなり腐っていたようだ。次にClinical
Roentgenology(臨床レントゲン学)では助教授Dr. Louis Diamondが直接我々を教えてくれた。幸いなことに私は日本で放射線学の単位を修得していたので免除され、彼のアシスタントになった。レントゲン学だけは英語であれ全て理解できたので、簡単に単位を修得できた。ただ、意外なのはやはりこの科目もアメリカ人の何人かは単位が取れず苦労していたことだ。
また、このコースには新しくClinicの外来患者の扱いについての必修科目が入っていた。私にとっては一番大事な科目である。なぜなら英語力の弱い私にとって、患者さんを迎えどう対応し接客するかを学ぶものなので、来学期から始まるClinicでの行動に大きく響くからである。そのため他の学生よりも必死にノートをとり覚えた。その甲斐あって他の学生よりも多くの患者さんを診ることができ、4学期中の2学期でrequirement(最低必修単位)を終えることができた。私のCllinicに対する考え方が功を奏したのだ。何とかこのコースも半分を過ぎ、無事乗り切ることができた。残りの学期をしっかりやらなければという意気込みが強く出てきた。さあ、これから帰って明日の予習をやらなければという気持ちが高まってきた。
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