中島カイロプラクティックセンター

自然医療

Dr.中島 回想録

■ Dr.中島 回想録 アメリカ編44

No.44


名物教授との葛藤

留学して3年目に入った。学期もSeniorになり診断学など主要な学科が増え、将来の臨床にとって大切なものとなっていくだろうと想像できた。特に産科や婦人科は非常に難しく覚えるのが大変であった。

そこへ持ってきてパーマー大学でもProfessor G.O.Schmiedel(神経学)と並び称される名物Associate Professor Maxine Mcmullen(産科・婦人科)の授業は厳しくアメリカ人でもなかなかパスしないことで有名であった。案の定授業を受けてはみたが、私にはちっとも分からなかった。何しろ、この女教師は体重が90kgもあり我々学生にとっては威圧感があった。そのため友達のDavid UnderwoodやDavid Hooverの力が必要になり、この授業が終わると毎回私の家に来てもらって勉強を教わった。それでも毎週行われる小試験(25点満点)では10点も取れず慌てたの今でも覚えている。

中間試験は何とか追試を受けながらもパスした。しかし臨床が入ってくる段階ではなかなか思うように点数が取れず途方にくれた。小試験はもちろん最終試験も通らなくて追試を受けたがまたまた落ちて、単位が取れなかった。そこで直接Dr. Mcmullenの研究室に行きもう一度試験を受けさせてくれるよう頼んでみた。普通はこういうことは許されないが、普段絶対笑わない彼女が苦笑いをしながら私に言った。「私の授業はそんなに難しかった?どこがわからなかったの!?」と言われたので、私は即座に「全部分からなかった」と言ったら大声を出して笑われた。しばらくして彼女が私に言った。「じゃあ、あなたは留学生なので特別試験を与えよう。次の授業のあと私の研究室に来なさい」と言ってくれた。

一週間後の彼女の授業のあと研究室を訪れた。しばらく待たされた後、彼女が2枚のペーパーを渡し、「ここを勉強してきなさい」と言った。3日後に口頭による試験を行うのでよく勉強してくるよう促された。そこで早速この夜から3日間猛勉強した。もちろん友人達も駆けつけてくれ何度も試験のシュミレーションをしてくれた。そして研究室での試験に臨んだ。この試験をパスしておかないと卒業もおぼつかないので、緊張のあまり胃がキリキリ痛くなった。質問は10問あり6問に何とか答えることができて、かろうじて単位を取ることができた。留学中一番厳しい科目になったことは言うまでもない。しかし何より友人達のお陰である。


TOP PAGE|自然医療|治療内容新宿臨床センター吉祥寺センターカウンセリング
WebカルテWeb健康百選Dr.中島パブリシティホームケア商品サイトマップ
Copyright(C)Nakashima Chiropractic Center