中島カイロプラクティックセンター

自然医療

Dr.中島 回想録

■ Dr.中島 回想録 アメリカ編48

No.48


料理の鉄人

Senior IIにはいり、あと学期も2学期を残すだけになった。大学病院でのインターンもほとんどReguirementも規定患者数に達し、少し余裕が出てきた。同級生達も大学病院での臨床数も後半に入ってやっと自分の時間が取れてきたようでお互いの交流と言うか、行き来が盛んになった。私も世話になった友達が10人くらいになり、順番に私のアパートに招待して日本の料理をご馳走することにした。

日本料理と言ってもほとんど日本から送られた3冊の料理本を読みながら作るもので、どちらかと言うと日本料理らしきものといったところである。しかし長年の留学生活でかなり料理の腕もあがり、ちょっとした前菜や煮物、焼き物、揚げ物などが作られるようになり、終いには寿司らしきものまで作れるようになった。その他、レパートリーとして中華料理の八宝菜や青椒肉絲、餃子、シュウマイなど幅広くできるようになり、私のアパートを訪れる友人達は私のことを“Best Chef”と呼ぶようになった。そのせいか友達の家に招待を受けたときは必ずと言っていいくらい1,2品の日本料理を作らされた。どうやら私はおだてられると、つい乗せられて作ってしまうようだ。でもこのうわさが大学の同級生達にも知れ渡り、知らない人から遊びに来ないかと声がかかるようになった。私もまだ残りの学科があるので、それらは丁重にお断りした。

ある日、ガールフレンドのおじさんの家に招待を受けたとき、市のお歴々方が集まったパーティーで一部料理を作らされた。それがえらい評判がよくあっという間にいろんな人に私の名前“Boone”が覚えられるまでになった。何が役に立つかわからない。それ以来いろいろなところからご招待を受けた。ありがたいことである。「芸は身を助ける」とはこのことだ。


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